枡田慎太郎後援会 東北楽天ゴールデンイーグルス | 枡田慎太郎プロフィール

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枡田慎太郎プロフィール

● 京都市伏見区出身

  • 小学3年生からサクセススポーツ少年団で野球を始め、守備はファースト、ピッチャー。
  • 中学時代は京都田辺ボーイズに所属、ショートとして3年春に全国制覇。
    その年、全日本代表選手に選ばれ主将を務めました。
  • 智弁学園高等学校(奈良県)に進学。2年夏に3打席連続本塁打を記録し全国屈指の強打者として名を上げる。3年夏は主将としてチームを率いたが、県大会1回戦で天理高校に敗れました。
    高校通算打率は4割以上、本塁打28本。
  • 2005年の高校生ドラフト会議にて東北楽天イーグルスから指名を受け入団しました。

● 2006年

  • 2軍で32試合に出場し打率.348でした。
  • 外野手登録でしたが中学以来の内野手にも再挑戦し、遊撃手として20試合、3塁手として 7試合に出場しました。

● 2007年

  • 正式に内野手として登録され、2軍で打率.305、本塁打8本打ちました。
  • サードを中心に内野の全ポジションで起用されました。
  • 10月2日に1軍初昇格しました。
  • 10月3日の北海道日本ハムファイターズ戦で、『2番・2塁手』として初出場を果たし、4打数2安打・プロ初安打・プロ初打点をあげる活躍で、初めてお立ち台にてヒーローインタビューを受けました。
  • 2軍での活躍も評価され2007年度イースタン・リーグ優秀選手賞を受賞しました。

● 2008年 ~ 2009年

  • 初の開幕メンバー入りを果たしましたが出場機会に恵まれず2軍落ちしました。
  • 1軍と2軍を行き交う日々が続きました。

● 2010年

  • 9月21日にシーズン6度目のスタメン『8番・3塁手』で出場した千葉ロッテマリナーズ 戦では全4打席で出塁しました。
  • 当時のマーティ・ブラウン監督から高評価を得て、1軍で自己最多の出場機会を得ました。
  • シーズン終了後、台湾で開催された第17回IBAFインターコンチネンタルカップの日本 代表に選ばれました。

● 2011年

  • シーズン終了後、背番号が『68』から『32』に変更になりました。

● 2012年

  • シーズン序盤は、腰痛により戦線離脱の松井稼頭央選手に替わり遊撃手として起用 されました。
  • 5月23日の中日ドラゴンズ戦でプロ初本塁打を打ちました。
  • 6月に死球の影響で登録抹消されました。
  • 再登録後は1塁手・3塁手としての起用が多くなり、打撃も好調でした。
  • 7月10日のオリックス・バファローズ戦では初のサヨナラ本塁打を打ちました。
  • 7月13日の日本ハムファイターズ戦でプロ初の4番として起用されました。
  • 9月5日の日本ハムファイターズ戦で帰塁の際に左膝を痛め途中交代、左膝後十字靭帯の 部分損傷と診断され、残りのシーズンを棒に振りました。

● 2013年

  • 開幕戦は『3番・左翼手』として出場するも調子は上がらず4月中旬に2軍落ちとなりました。
  • 5月2日の試合で死球を受け右手の甲を骨折しました。
  • 7月に再昇格以降は『6番・左翼手』として定着し、東北楽天の初優勝・日本一に貢献しました。

● 2014年

  • 今シーズンは枡田慎太郎選手の1軍での出場が71試合にとどまり、打率219、チームは最下位と不本意な結果となりました。

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